皆さんこんにちは。鴫原です。
いつもご覧くださいましてありがとうございます!
ご夫婦で施術を受けている患者さんのところでのお話です。
いつも院長と一緒に伺うと、「あがらんしょ」(どうぞ中へ入ってください)と優しく声をかけてくれる奥さん。
そして旦那さんも奥さんも、デイサービスでのお話や農業のお話、地域のお話などたくさんしてくださいます。
色んな話題があり、ご夫婦での会話も聞いていると、本当に仲がいいんだなぁと、とてもほっこりします。
施術後にはお煎餅やジュースなどを「遠慮しねぇで持って行がせ」(遠慮しないで持っていきなさい)と、まるで本当に田舎に帰ってきたかのような錯覚を起こすほど、もてなしてくださります。
お言葉に甘えて頂きますと言うと、とても嬉しそうな表情をするので、なおさらです。
この温かな家族団らんの場所、ぬくもり溢れる場所を守るためにも、改めて健康寿命を伸ばすお手伝いをしていきます。
皆さんいつもありがとうございます。
施術部の伊藤です。いつもスタッフブログをお読みいただき、ありがとうございます。
昨日訪問させていただいた患者さんのTさんが、久しぶりに「梅の一生」というお話を聞かせてくださいました。
聴けば聴くほど深いなぁと感じるお話なので、是非みなさんに共有したいと思い書かせていただきます。
以下梅の一生です。
「梅の一生」
二月三月花盛り 鶯鳴いた春の日の
楽しいことも夢の内 五月六月実がなれば
枝から振るい落とされて 何升何合量り売り
もとより酸っぱいこの体 塩につかってからくなり
紫蘇につかって赤くなり 七月八月暑い頃
三日三晩土用干し 思えば辛いことばかり
これも世のため人のため しわは寄っても若い気で
小さな君らの仲間入り 運動会へもついて行く
まして戦のその時は なくてはならぬこの私
以上が「梅の一生」になります。皆さんはどのように感じましたでしょうか。
Tさんのお話では、「小学生の頃、お婆さんがよく聞かせてくれた「梅の一生」が、2月3月から順々に綴られていくのが面白いなぁと思って、覚えようと思ったわけじゃないですけど覚えたんです。」ということだったのですが、私はこの梅の擬人化が凄いなぁと思いました。
この「梅の一生」は、戦時中の事なんだと思いますが、最後の方にもあるように、遠足の時には日の丸弁当になっていたけど、でも食糧難の時代背景だからこそ「なくてはならぬこの私。」という、本当に貴重な梅の存在。
でもこのことは、私はどんなに時代が変わっても、どんな環境でも、全ての人が「なくてはならぬこの私。」という、一人一人が無くてはならない貴重な存在だと思っています。
私もTさんから「梅の一生」を教えて頂かなければ、一生知ることはなかったと思いますし、Tさんは私にとって「なくてはならぬこの私」になっています。
皆さんにもそういう存在の方が居ると思いますし、逆に皆さんも必ずそのようなかけがえのない存在になっています(^^)
私も、この梅のような「なくてはならぬこの私」の存在になれるように、ひめさゆりで益々精進していきたいと思いましたo(^-^)o
このお話を聴かせてくださったTさんには本当に感謝です。
大切な時間を使い、最後まで読んでくださる皆さん、いつも本当にありがとうございます。
皆さんこんにちは。鴫原です。
いつもご覧くださいまして、ありがとうございます。
一ドライバーとして、最近感じることは、道を譲ってくれる歩行者が多いことです。
例えば、路地から出るときに歩行者がおり、どうぞと手で譲る合図をしたときに、逆にどうぞと譲ってくれます。
横断歩道を渡るかもしれない歩行者がいたときに止まって待つと、先に行っていいですよとこれまた譲ってくださる方もいます。
本来であれば、歩行者優先ですが、
歩行者たちのそういった心遣いが嬉しいですし、温かい気持になります。またそれと同時に、車を運転する身として、改めてやさしい運転に努めていこうと気の引き締まる思いです。
我がもの顔のドライバーもまだまだ多いと思います。私自身もまだまだです。
ただ、日本のモデル治療院を目指すひめさゆりの、日本のモデルドライバーとして、模範となれるよう日々1ミリずつ精進です。
いつも最後までお読みいただきありがとうございます。
院長の鈴木です。いつもホームページをご覧いただきまして、誠にありがとうございます。
現在、坐骨神経痛と変形性膝関節症の症状を抱えている患者さんがいるのですが、毎週鍼と灸を施し経過観察を続けています。
今日もいつものようにお伺いして、状態を確認し治療を開始して間もなく、患者さんから嬉しい報告がありました。それは、月曜日、火曜日の2日間温泉に行ってきたというものでした。ゆっくりと温泉に入り、おいしい食事を食べ、たくさんの深緑を体いっぱいに感じることができ、久々に楽しめたというものでした。
今までは痛みと痺れがひどく、一日の大半を横になって過ごしており、たまに玄関から外に出るくらいが関の山の状態だったのに、今回は友達と温泉に行ってくることができたそうなのです。もともと農家で生まれ育ったこともあり、自然豊かな環境に居たことで、田舎暮らしが夢だと話しているのですが、現在は街中で暮らしていることで自然を感じたいという思いだけが先行していると話す患者さん。ですから、今回の温泉と大自然を満喫できた喜びは、その明るい笑顔と口調から容易に想像がつきました。
話を聞きながら、僕自身がその体験をしたかのように嬉しくなりました。何年も治療をしている方なので、色々な体の状態や心の状態をみてきただけに、心底嬉しくて嬉しくて仕方ありませんでした。
これからも、この患者さんのように、心からの喜びを感じてもらえるような関りをしていき、健康寿命を延ばすという本質をしっかりとみていこうと思いました。
喜びの報告をありがとうございました。
施術部の伊藤です。いつもスタッフブログを読んでいただき、ありがとうございます。
私は個人的にも、マインドの成長のために能力開発の勉強をしているのですが、その教材の中に以下のような内容がありました。
『ある企業で、次のようなキャンペーンが行われました。
仕事募集の応募に集まった人たちへ、面接官が以下のような説明を行っている。ところがそれは、あまりにも過酷な条件だった。
・ほぼ全ての時間立ち仕事で、とても体力を必要とする。
・仕事は、週に135時間以上、基本週7日。
・毎日24時間、休憩時間は実質無し。徹夜の日もある。
・プライベートな時間は諦めてもらう。
・ボランティアのような感じで、完全無休。
などなど。次々に繰り出される過酷な条件に、応募者たちは、あり得ない!非人道的だ!と騒ぎ立てた。
ところが面接官は、「もし現実に、今、この瞬間も、この職に就いている人がいるとしたら?」と問いかける。
応募者たちは怪訝そうに「一体誰?」と尋ねると、面接官はにこやかに、「お母さんですよ。」と答えた。
この面接は、母の日にちなんで行われた企画だったのです。
私たちが赤ん坊の頃は、お乳を飲ませてもらったり、おむつを取り替えてもらったりしました。病気になれば寝ずの看病をしてもらったり、遠く離れて暮らせば、いつも心配してもらって成長してきました。
上記の内容に触れ、改めて思いました。普通は非人道的だ!と思うようなことも、お母さんは、我が子には見返りを求めず、これほど過酷なことでも命がけで守ってくれる。究極の慈愛を掛けてくれる。
慣れてしまうと当たり前になって、つい忘れてしまいますが、この教材のお陰で改めて、私が覚えていない頃から、両親は慈愛を尽くして育ててくれていて、今も慈愛を尽くしてくれているということを有り難く思いました。改めて、母だけでなく父に対しても尊敬と感謝の想いが沸きました。
そして、ひめさゆりの企業理念は「慈愛の追求」ですが、院長が言っている「慈愛」は、まさに「我が子を愛するお母さんのような深い愛を持って、縁ある方に接し関わり切る」ということです。
施術をとおして人として社会貢献し、お母さんのような究極の慈愛を実現していくことを理念に掲げている、ひめさゆりの社員であることが私の誇りです。もちろん、上記のような労働時間などの条件ではなく(汗)、マインドの方です(^^)
現場ではトライ&エラーが出てきますが、それは、より良い成長を手にするチャンス!と捉えて、患者さんの笑顔のために、患者さんを大切に思うご家族の皆さんの笑顔のために、お母さんの慈愛のように、これからも愛・感謝で、誠実・真心を尽くしていきます。
大切な時間を使い、最後まで読んでくださる皆さん、いつも本当にありがとうございます。