施術部の伊藤です。いつもスタッフブログをお読みいただきありがとうございます。
以前『LOVEの語源』という記事を掲載しました。その時に書いたのですが、私は現在、開華で自己啓発・能力開発をするために、ベーシックトレーナーコースを受講しています。毎月テーマ別にセミナー練習会の課題があるのですが、今月の台本に、マッサージにも関係するとても興味深い内容がありました。以下にその一部を記載します。
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『おちつき』、は、『オキシトシン』というホルモンです。これは、愛情ホルモンとも言われて、スキンシップの時に出てきます。オキシトシンは、赤ちゃんがお母さんに抱っこされている時にたくさん出てきます。
こんなお話もあります。ヤクザさんが、道端で高校生に『金だせよー!!』と、恐喝していました。周りの大人の人たちは、どう対処していいか近づけず、周りから見ていました。そこに、おばちゃんがツカツカと近寄って行き、説得するか、止めに入るかと思いきや、突然、そのヤクザさんにハグして、背中をトントンと叩いていたら、ヤクザさんは力が抜け、目頭を熱くして、そのまま立ち去っていきました。
周りで見ていた人たちは、『おばちゃん、大丈夫でしたか!?』と寄っていったら、おばちゃんは『私、特殊学級の子たちのお仕事していて、子供が暴れると抱っこしちゃうのよ。そうしたら、すぐスーっと落ち着くから。』と言うんですね。つまり、『スキンシップ』によって『間脳』から『オキシトシン』が出て『落ち着く』。すごい効果です。
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ここまでが、台本を一部抜粋したものです。最近は健康番組でもよくオキシトシンが取り上げられるようになったので、オキシトシンのことを知っている方もいると思いますが、私は改めて人間の体はすごいなぁと思いました。
実際に患者さんに施術をしていても、体調不良でイライラしてご機嫌が斜めだった患者さんが、会話をしながらマッサージを進めていくうちに、段々気持ちが落ち着いてきて、穏やかさを取り戻したり、笑い声が出てきたりということがあります。先週は、病気の影響で情緒が不安定になってしまったある患者さんが、怒りの感情があらわになっていたのですが、傾聴しながらマッサージを進めていくと、施術が終わる頃には大分落ち着きを取り戻しました。車中に戻ってから達ちゃんが、「患者さんは頬に涙を流した跡があり、枕が濡れていた」と教えてくれました。涙は心を癒すそうなので、それを聞いて安心しました。
施術者の仕事は、患者さんが持つ『愛情ホルモン』とも言われる『オキシトシン』を出すお手伝いも出来て、傾聴との相乗効果で、患者さんの心身のケアをさせていただくことが出来る、とても有り難いお仕事だなと、感謝の想いが沸きました。昔から『病は気から』というように、心と体は一つに繋がっているので、患者さんの心身のケアを通して、患者さんがより元気に、健やかな笑顔が増えるよう、これからも『慈愛の追求』を深めていこうと、改めて思いました。
大切な時間を使い、最後まで読んでくださる皆さん、いつも本当にありがとうございます。
皆さんこんにちは。鴫原です。
いつもご覧くださいましてありがとうございます。
中秋の名月は皆さんご覧になりましたか?まんまるで綺麗でしたね^_^
さて、お彼岸ということもあり、先日秋晴れの下、両親とお墓参りをしてきました。
お墓をキレイに磨いて、そしてご先祖様にごあいさつをしました。
その時は、天気が良い中お墓参りもできて清々しいという気分だけでしたが、両親が健在のうち一緒にお墓参りに行けることは、とてもありがたい事なんだなぁと、日が経ってからその思いがふつふつと湧きました。
特にこれといったきっかけがあった訳ではないですが、何気ない事の中に大切なことがあり、私にとってはその当たり前のような時間を両親と過ごせることが尊いなと感じたのです。
もしかしたら、ご先祖様がそう思い起こさせてくださったのかもしれません。
はたまた、ご高齢のご利用者様と関わる事が多くなったからかもしれません。
いずれにせよ、お墓参りとは大切なことに気づかせてくれるものだと思います。
ご先祖様に感謝です。
ひめさゆりの求める「慈愛」は、まず、自分のルーツへの感謝でもあるので、そこを忘れずにいきたいです。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
施術部の伊藤です。いつもスタッフブログをお読みいただきありがとうございます。
本日、サービス付き高齢者向け住宅をご利用の患者さんの施術に伺うと、患者さんが達ちゃんに、「これ、見て。」と言って、窓の外に満開に咲いている彼岸花を見せてくれました。
その彼岸花をきっかけに、「彼岸花は、お彼岸の頃に咲くからそう呼ぶけど、真っ赤だから、地方によって火事花と呼ぶところがあるらしいです。」と教えてくださったり、「昔はお月見の頃には、団子とかブドウとかリンゴとか、お供え物をしてたけど、今の人たちは、そういうことはしなくなったね。豆まきの時はあんまり遅くやると、他の鬼が入ってくるから、よその家より早い時間に豆まきしたり、端午の節句には、菖蒲(ショウブ)で菖蒲湯をしたんです。」、「今は祝日が増えたけど、昔は祝日や元旦には、家に国旗を出してたんです。」と、昔のお話をしてくださいました。
患者さんがお話ししてくださったことは、実際に私は経験が無いことや知らなかったことが多かったので、今は亡くなりつつある、昔の日本の伝統文化を知ることが出来、とても有り難かったです。日本の伝統文化はなくしたくないなぁと、改めて思いました。
このような貴重な大切なお話を聴かせていただけること、本当に感謝です。
患者さんたちに、こういうお話をいつまでも元気に話していただけるように、益々真心と慈愛で関わらせていただきたいと思いました。
大切な時間を使い、最後まで読んでくださる皆さん、いつも本当にありがとうございます。
皆さんこんにちは。鴫原です。
いつもご覧くださいましてありがとうございます。
大変ありがたい事に、私たちのニュースレターを飾ってくださっている事業所様がありました。
先日、今月号のニュースレターをお届けしに伺った時にお礼を伝えると、
「色合いが気に入ってるんです」や「来所される方もかがんで見ていってます」と言ってくださり、作っていてよかったなぁと思います。
これからも、価値ある情報や、よりクオリティの高いものを作成していき、少しでもよろこんで頂けるようにできればと思います。
掲載してくださった居宅様、大変ありがとうございます!感謝です。
施術部の伊藤です。いつもスタッフブログをお読みいただきありがとうございます。
今週は毎回続いて恐縮ですが、今朝届いた致知出版社の人間力メルマガの内容に深く共感し、ぜひ皆さんにも共有したいと思ったので、以下にメルマガ記事を記載します。
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たとえお金がなくても誰かを幸せにすることができる。仏教はそういう真理を分かりやすく説いています。「何のために生きるのか」をテーマにした京セラ名誉会長の稲盛和夫さんと作家の五木寛之さんの対談は、仏教の教えから現代人の生き方を紐解き読んでいて、「なるほど」と思わせるものがあります。
『致知』創刊43周年記念キャンペーンの特典『生き方入門』から、お2人の対談の一部を紹介します。
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(稲盛)
白隠禅師は『坐禅和讃』の中で、
坐禅をして悟りを開くことも大事だけれども、お布施をしたり念仏を唱えたり懺悔をしたり、日常生活の中でそういう諸善行に勤めることも悟りに近づくもとなんだと説いていますね。
六波羅蜜という仏の教えがありますね。布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧、これを実践するだけでいいと私は思っているのです。
つまり布施は、人様のために一所懸命奉仕をすること。持戒は、人間としてやってはならないこと、
人様が不愉快に思うことをしないこと。忍辱は、人生における様々な困難を耐え忍ぶこと。精進は、一所懸命働くこと。禅定は心を静かに保つこと。
そういうことを地道に続けていけば、魂が磨かれ、心がきれいになり、智慧という悟りの境地にまで達することができるということです。
いまお話しになった新しい平成の仏典を通じて、せめてそういうことを多くの人が理解するようになれば、と思います。
(五木)
おっしゃる通りだと思います。そういうものは道徳であって、仏教というのはもっと高遠なものを求めるんだと考えられがちですが、
僕はやっぱり教えと実践は重なっていなければいけないと思いますね。ブッダの生涯そのものがそうでした。
いまお話しになった布施の中には、「無財の七施」(眼施、和顔施、言辞施、身施、心施、床座施、房舎施の七つの施し)というのがあって、僕は大好きなんですけれども、眼施、つまり優しい眼差しで相手をじっと見つめるということも一つの大きな布施ですから。和顔施、通りすがりにニッコリ笑って、相手の心を春風が吹いたような気持ちにしてあげることだって大きな布施でしょう。
そういうことをお坊さんが分かりやすく語って広く理解されるようになり、様々な分野に導入されていけば、世の中も随分変わってくると思います。
(限定特典『生き方入門』より)
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以上が、メルマガ記事の内容になります。皆さんはどのように感じましたでしょうか。
私は仏教をちゃんと学んだことがないので、仏教の教えはあまりよく分からないのですが、稲盛さんと五木さんの対談を読んで、メルマガのタイトルの「お金がなくても誰かを幸せにできる」ということ、つまり、『自分の心の在り方』が如何に大切か。そこを深く感じました。
特に五木さんの言葉にあった、「和顔施、通りすがりにニッコリ笑って、相手の心を春風が吹いたような気持ちにしてあげることだって大きな布施でしょう。」が、とても響きました。
また、「お布施」と言うと、『お金』のイメージが強かったですが、本当の意味は「人様のために一所懸命奉仕をすること。」だったんですね。正しく知らないというのは怖いと思いました。
この対談の一説だけでも、仏教の教えを学ばせていただけて、とてもありがたいと思いました。
そして、五木さんの「僕はやっぱり教えと実践は重なっていなければいけないと思いますね。」というお言葉、ごもっともです。教わったことは実践して、繰り返し継続していくことで習慣になる。この記事の学びを習慣にしたいと思いました。感謝です。
それから、五木さんの「そういうことをお坊さんが分かりやすく語って広く理解されるようになり、様々な分野に導入されていけば、世の中も随分変わってくると思います。」というお言葉に、とても共感しました。お坊さんが人としての心の在り方を伝える。いわゆる『寺子屋』のことですね。
自分の人生体験を通して見ても、現代社会の人間関係を見ても、いただいた尊い命を「どのように生かしていくか?」を実践するのにも、「心の在り方」が分からないと、利己的になり、争いや不幸を招く源になってしまう、と感じています。
私は、全ての尊い命の尊厳が守られ、一人一人が生き生きと自分を生かしていく世の中になることを切に願います。
そのためには、まずは自分の出来ることを自分から始めること。ということで、企業理念の「慈愛の追求」に磨きを掛けるべく、私も無銭で出来る「和顔施、ニッコリ笑って、相手の心を春風が吹いたような気持ちにしてあげること」から始めます(^^)
皆さんもご一緒にいかがですか?
大切な時間を使い、最後まで読んでくださる皆さん、いつも本当にありがとうございます。