施術部の伊藤です。いつもスタッフブログをお読みいただきありがとうございます。
先日、私の心に衝撃が走った出来事がありました。施設に入所している患者さんの旦那さんが先月永眠され、旦那さんの納骨をするという前日に施術を行ったのですが、その時、ハエが1匹飛んできたようで、私は気づかなかったのですが、患者さんが「あ、ハエがいる。」と言いました。その後、しばらくして患者さんのほっぺにハエが止まったらしく、達ちゃんがそのことを患者さんに教えていました。すると患者さんは、「あ、そうですよね。ハエがいたら前はすぐ殺していたんですけど、主人が亡くなってから、もしかしたら、主人かもしれないと思うと、今は1匹も殺せなくなっちゃったんです。」とおっしゃいました。その時は三人で笑って和やかな雰囲気になったのですが、私は心の中で「すごいなぁ…」と脱帽しました。患者さんの愛深さに心打たれました。究極の愛を教えてもらった、そんな衝撃でした。
私が自己啓発のために、自己能力開発法の学びを得ている開華やアチーブメントでも伝えていますが、「思考や捉え方が変われば、生き方が変わる。」ということ。事象は「ハエ」という小さなことですが、まさに患者さんがそのことを見せてくださいました。このような素敵な患者さんと御縁をいただけたことが本当に有り難いです。心から感謝です。
私は自分の意志で成長と恩返し(利他)を求めて、また自分で「自分と向き合うこと」を決めて実践しています。学びを始める前は、今回のハエの事象を聞いても、ただ笑って終わりだったと思いますが、自分が「成長」を求めて学びを得られているお陰で、どんな小さなことも「そこで終わり」にしなくなった自分がつくられています。
今回のこともそうですが、気づきを得ることも、自分が成長を求めて行動しないと、その感度が磨かれないんだなぁと、自分の経験から実感しているところです。一番成長出来るのは「気づき」を得られた時なので、もっと沢山気づきが得られるように、学びの継続学習をして、仕事にもプライベートにも慈愛の実践をしていきます。
口で言うほど簡単ではありませんが、自分が源の思考が大事なので、まずは患者さんから気づかせていただいた「相手を殺さない、究極の愛」に思考を置いて実践です!
大切な時間を使い、最後まで読んでくださる皆さん、いつも本当にありがとうございます。
皆さんこんにちは。鴫原です。
いつもご覧くださいましてありがとうございます。
先日お伺いしたMさん宅でのお話です。
スマートフォンで撮影した色鮮やかなアジサイを見て癒されたらなと思い、Mさんに見てもらいました。
すると、「わぁ〜、綺麗!嬉しくて、ため息でっちまう」と大きく喜びを表現してくれました。
続けて、アジサイに関する言葉を教えてくださいました。
それが何ともロマンチックなものでした。
「紫陽花の色 七色に変われども 変わらぬ心 君に誓わん」
これ、何だと思いますか?
なんと!プロポーズの言葉なんです。
私も聞いた時、とてもびっくりしました。
Mさんは、このような詩やロマンチックなものが大好きなんだとおっしゃっていました。
若い人の言葉で言えば、「わたしはロマンチストなの♪アハハハハ」ととても素敵な笑顔で話してくれました。
綺麗で素敵な言葉がまだまだあるんだろうなぁと思いました。
こうやって、知らない事をたくさん教えていただける事がとてもありがたいです。
Mさん、いつもありがとうございます。
一つでも素敵な笑顔を引き出す関わりができるよう、私たちも精一杯サポートしていきます。
いつも最後までお読みいただきありがとうございます。
PS.
※上記の言葉皆さんも、ぜひご活用ください^_^!
いつもホームページをご覧いただきありがとうございます。
先日お伺いした新規の患者さんとの出来事です。当院では市から発行されている施術券を使える「指定施術所」に登録しているのですが、自費での施術の際、その現金の代わりにその券を使って施術を受けることができます。
今回、肩コリと腰痛がどうしても酷く、市役所に電話をして近所の「指定施術所」を聞いたそうで、数件の施術所を紹介してもらったようなのです。紹介してもらったところに電話をすると、「もう年だから出張はしていません」とどの治療院にも断られたようで、最後の一件は当院でした。「また断られたらどうしよう?」と思いながらも、藁をもつかむ思いで掛けてきてくださいました。
「もしもし、わたくし〇〇と申しますが、どうしても肩こりと腰の痛みが強いので、マッサージに来ていただけませんか?」
その声を聞いただけで、本当に辛いのだなと電話越しでもビシビシと伝わってきました。どのような痛みなのか?痺れなどは無いか?いつから痛んでいるのか?など、電話口で簡単な問診をして、それからご自宅にお伺いしました。
家に着くと、待っていましたと言わんばかりに玄関先に飛び出してきて、家の中に招き入れてくれました。それから本格的な問診を行い、現病歴や既往歴、家族歴や仕事歴などを詳しく聴きました。その後、体の触診、顔色などを確認してマッサージをスタートすると、「いやぁ、本当に気持ちがいいですねぇ。あぁ、こんなに私の体は疲れて凝っていたのですねぇ。」と心の底から喜んでくれました。また数年前に他界した家族の話になり、その思いで話の最中に、「今日はきっと、うちの人が鈴木先生と引き合わせてくれたんだなぁ、ありがたいなぁ、本当に嬉しいなぁ。」と言いながらポロポロと涙を流されるのです。
僕は、この仕事をしていて一番に遣り甲斐を感じる瞬間です。こんなに涙されるほど感動してくださり、しかも、この日が初対面です。にもかかわらず、心の底から思っていたことを話される姿をみて、感動せずにはいられませんでした。
施術が終わってから起き上がると、「うわぁ、何だか体がとても軽くなって、全身に血液がめぐっていくのが分かるぅ」と言い、手鏡で自分の顔を見て更に、「鈴木先生!!見て見て、私の顔色凄く良くなってるよ。うわぁ、本当に嬉しい、今日は来てくれて本当にありがとうございました。どうぞ末永く私の体のお手入れをしてください。本当にありがとう。」と、何度も何度もお辞儀をしてくれました。
今回の出来事で、改めてこの仕事の価値を深めることができました。体だけでなく、心までもほぐすことができる仕事なのだなと、しみじみ実感することができました。
これからも、マッサージや鍼灸治療をとおし、縁ある方々の人生の質の向上に寄与していこうと、固く心に誓いました。
施術部の伊藤です。いつもスタッフブログをお読みいただきありがとうございます。
毎日届く、致知出版社「偉人メルマガ」で、今日の内容は『人生の法則』について書かれた記事でした。
『致知』創刊40周年記念出版として刊行され、発売からわずか1か月で5,000部が完売となった『人生の法則』は、数量限定での販売だったため、長らく完売状態が続いていたそうなのですが、その後も『人生の法則』が欲しいという要望が数多く届いたそうで、増刷が決定したそうです。
今回のメルマガ内容が、人としての在り方を考えさせられる内容だったので、シェアさせていただきたいと思います。以下、メルマガ内容の一部です。
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過去17年分の総リードが一冊に詰まった本書。
収録されている204篇の文章のうち、
一篇をお届けします。
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関を越える
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関。
「かん」とも「せき」とも読む。
「出入りを取り締まる門」と辞書にはある。
江戸時代、国境に関所を設け、
人や物の往来を取り締まった。
通行手形がなければ関所を越えて
他国へ行くことは許されなかった。
容易に通過できない関所を難関といった。
人生にも関所がある。
「人生はしばしば出合わねばならぬ関所を
幾つも通り抜ける旅路である」
とは安岡正篤師の言葉である。
関所を越えることで
人は人生に新しい世界を開いていくのである。
禅家の修行では、厳しさが極点に達したところで、
よく「関」の一語を浴びせかける、という。
それを越えることで、
禅者は無礙自在の境地に到達していく。
在家も同じだろう。
関は人間を磨く通過門である。
本誌は、人生の関所を越えてきた
たくさんの事例を紹介し続けてきた、といえる。
なかでも、これほどの難関を越えてきた例は滅多にあるまい、
と思われる人がいる。
今年の新春大会にご登場いただき、
千二百人の聴衆の心を深い感動で包んだ
福島智さん(東京大学教授)である。
福島さんのお話を初めてうかがった時、
肌がチリチリ痛むような衝撃を覚えた。
福島さんは三歳で右目を、九歳で左目を失明、
全盲となった。生来が楽天的、と本人はおっしゃるが、
視力を失っても音の世界がある、
耳を使えば外の世界と繋がることができると考え、
実際、音楽やスポーツや落語に夢中になっていた、という。
だが、さらなる過酷な試練が全盲の少年を襲う。
十四歳の頃から右耳が聞こえなくなり、
十八歳、高校二年の時に残された左耳も
聞こえなくなってしまったのである。
全盲聾――光と音からまったく閉ざされた世界。
福島さんはその時の状態を
「真っ暗な真空の宇宙空間に、
ただ一人で浮かんでいる感じ」
と表現している。
なぜぼくだけこんなに苦しまなければならないのか、
これから先、ぼくはどうやって生きていけばよいのか……
不安、恐怖、絶望。懊悩の日々が続いた。
そんなある日。
母親の令子さんが福島さんの指を
点字タイプライターのキーに見立てて
「さとしわかるか」と打った。
「ああ、わかるで」と福島さんは答えた。
母親のこの指点字は壮大な転機となった。
福島さんは真っ暗な宇宙空間から
人間の世界に戻ってきたのだ。
その時の感動を福島さんは詩に綴っている。
指先の宇宙
ぼくが光と音を失ったとき
そこにはことばがなかった
そして世界がなかった
ぼくは闇と静寂の中でただ一人
ことばをなくして座っていた
ぼくの指にきみの指が触れたとき
そこにことばが生まれた
ことばは光を放ちメロディーを呼び戻した
ぼくが指先を通してきみとコミュニケートするとき
そこに新たな宇宙が生まれ
ぼくは再び世界を発見した
コミュニケーションはぼくの命
ぼくの命はいつもことばとともにある
指先の宇宙で紡ぎ出されたことばとともに
この詩の意味するものは大きい。
福島さんだけではない。
すべての人の命は言葉とともにある。
言葉のないところに人間の命はない。
福島さんは身をもって、
そのことを私たちに示してくれている。
同時にもう一つ大事なこと、
絶望の淵から人間を救うのは言葉である、
ということ。
どのような人生の難関も言葉という通行証を
手にすることで乗り越えることができる、ということ。
そのことをこの詩は私たちに教えている。
福島さんのお話を聞き、
著書を読んで強く感じたことがある。
福島さんには四つの特質がある、ということである。
一つは非常に明るいこと。
二つはユーモアがある。
三つは常に人に何かを与えようとしている。
そして四つは、
自分が主語の人生を生きている、ということ。
そこには被害者意識は微塵もない。
被害者意識で生きている人は
何ごとであれ人のせいにする。
人のせいにしている人に難関は越えられない。
人生は開けない。
この四つの資質こそ、福島さんをして、
普通の人なら絶望してしまいかねない
人生の難関を越えさせた秘訣であるように
思うのである。
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皆さんはどのように感じましたでしょうか。福島智さんのことは10代の時に知りましたが、本当に素晴らしい方です。まさに希望を与えてくださる方の一人ですね。
私がこの記事で印象が強かったのは、「絶望の淵から人間を救うのは言葉である」と、「自分が主語の人生を生きている」というところです。
私の場合は、絶望を感じた経験はないのですが、中学か高校の時だったか、ラジオかテレビで聞いた言葉で、今でも支えになっている言葉があります。それは、「神様は、苦難は超えられる人にしか与えない。」という言葉です。
その当時の私は、「そうか、私は乗り越えられる人だから病気になったのか…。」と思い、そうしたら気が楽になりました。この時救われた気がしました。
もう一つ、私の応援言葉となっているのが、高校の校長先生が伝えてくださった言葉で、「遅咲きの花は美しい。」という言葉です。この言葉のお陰で、いくつになっても頑張れる励みになっています。
私は支えになっている言葉を取り上げましたが、言葉というのは、使い方によって人を救ったり、逆に傷つけたり、本当に重要な、大事なものですよね。
私は、言葉やコミュニケーションの取り方は、これは一生自分の課題だなぁと思いますが、これからもっと、誰かを救える「言葉掛け」が出来るような人生体験をしていきたいです。
それが、「自分が主語の人生を生きている」ということにも繋がるのかもしれません。そして、これも企業理念の「慈愛の追求」だと感じました。
こうして日々色々な「自分磨きの場」をいただけることに感謝です!
大切な時間を使い、最後まで読んでくださる皆さん、いつも本当にありがとうございます。
ドライバー部門の田村です。
梅雨が明けてから、温度が異常に高くなっていて、熱中症対策が欠かせない状況になっております。私の知り合いで、気がついた時には熱中症になっていたという方がいて、頭痛と吐き気に襲われとても辛かったと話していました。「あっ!危ない!」と意識した時には重症化している場合があるようです。
TVの放送で流れていた熱中症対策で、覚えやすく直ぐ実行したくなったものがあるのでご紹介します。
(熱中症対策:かきくけこ)
か→風通しを良くする。
き→休憩を取る。
く→クーラを使う。
け→健康管理は日頃から。
こ→こまめに水分補給を。
この5つをしっかりと行ない、熱中症対策で大切な命を守っていこうと思いました^_^
最後までお読み下さりありがとうございます。